たった2ページの、家族の風景
『スキップとローファー』第1話に、ほんの2ページだけ描かれる場面があります。
主人公・みつみちゃんの実家、岩倉家のシーンです。
みつみちゃんはもう東京に旅立った後。そこへ、親友のふみちゃんが、家で採れた大根をおすそ分けに来る——たったそれだけの場面なのですが、私はここがやけに心に残ってしまったのです。
妹と弟が、堰を切ったように駆け寄ってくる
ふみちゃんが岩倉家に現れた瞬間、勢いよく駆けつけてきたのが、みつみちゃんの妹・真春ちゃんと、弟の桔平くん。
二人は、ついさっき、みつみちゃんと電話で話したばかりのふみちゃんに、お姉ちゃんの近況を聞き出そうとします。
「ふみちゃん、ふみちゃん、おねえちゃんと電話した? うちらには完璧やったいうけど、本当は駅で迷子になったりしとるんじゃないか」
……はい、ドンピシャです。
実際には入学式で、駅の迷子どころじゃないことをやらかしているわけですが、それはまた別のお話。
岩倉家の「いつもと違う夜」
ここで私が想像してしまうのは、この日の夜の岩倉家のことです。
岩倉家は、大家族です。
- おばあちゃん
- おとうさん
- おかあさん
- みつみちゃん
- 真春ちゃん
- 桔平くん
- 犬のサトノスケ
- 猫のオミソとオシオ
3世代、3姉弟、動物3匹。
夕食は毎日、それはもうにぎやかだったはずです。誰かが何か喋れば、誰かが返して、犬が吠えて、猫が我関せずでまどろんで——そういう日常があったはず。
でも、ある日突然、おねえちゃんがいなくなった。
東京の高校に通うため、親戚の家に居候。北陸の田舎から、ぽっと飛び立ってしまったのです。
「環境って、ある日突然変わる」を子どもが知る瞬間
特に、生まれたときからお姉ちゃんがいて、毎日わちゃわちゃするのが当たり前だった真春ちゃんと桔平くん。
この変化、二人の目にはどう映ったでしょうか。
あれ、おねえちゃん、いなくなっちゃった。 え? 今後もずっといないの?
当たり前だったことが、ある日突然、過去になる。
大人になればある程度免疫がつきますが、子どもにとってこれは結構な衝撃のはず。
冒頭でふみちゃんに駆け寄るシーンには、二人の心にぽっかり空いた穴がにじんでいる気がするんですよね。少しでもみつみちゃんの痕跡に触れたい、という気持ちが。
余談:私が兄を見送った日の話
私事で恐縮ですが、私は兄弟の一番下なので、上の兄弟が家を出ていったときのことはよく覚えています。
兄は自衛隊に入隊しました。
昨日まで食卓で当然のように横にいた兄が、いないのです。この違和感と喪失感、ちょっと重なるものがあります。
しかも当時は携帯もなく、住み込み訓練で連絡もつかない。週末にひょっこり帰ってくる、なんてこともなし。本当にスパッと、いなくなっちゃいました。
数か月後だったか1年後だったか、ようやく兄が入隊訓練を終えて一時帰省するとわかったときの、家族みんなの「てなもんや」感は今でも忘れられません。ごちそう用意して、玄関のほうばかりチラチラ気にして、いまかいまかと待っている、あの感じ。
みつみちゃんは、もう実家には戻らない
そして冷静にみつみちゃんの今後を考えると——たぶんもう、彼女が実家に帰って暮らすことはないんだろうな、と思うんです。
- 高校3年間:親戚の家
- T大合格後:そのまま居候か、下宿か
- 社会人(官僚志望):拠点はどう転んでも東京
つまり、みつみちゃんが東京行きの飛行機に乗った時点で、以前の夕食はもう戻ってこない。
あの日の岩倉家の食卓は、もう過去のものになってしまったわけです。
しんみりした話ですが、これは決して悲しいだけのことではなくて、家族みんなが次のステージに進んでいくということでもある。
真春ちゃん、今度は君が「長女」だよ
これまで、頼れるおねえちゃんに見守られてきた真春ちゃん。
今度は君の番です。
いなくなったみつみちゃんの分、君がおねえちゃんをしないといけない。そういう自覚の変化も、これからおいおい求められていくんだろうなと思います。
真春ちゃんの高校進学については、後の巻でひと悶着あるのですが——それはまた別の機会に書きたい話として、今回は岩倉家の「環境の変化」について振り返ってみました。
おわりに
『スキップとローファー』は、みつみちゃんが東京で出会う人々との物語が中心ですが、こうして時々挟まれる「残された家族の風景」にも、ぐっとくるものがあります。
たった2ページの中に、家族の喪失感と、これからの変化の予感が、しっかり込められている。
高松美咲先生、本当にすごい。
未読の方はぜひ第1話だけでも、読み返してみてください。