『スキップとローファー』に登場するリリカちゃん。志摩君に対する彼女の感情が、僕は長いことよくわからずにいました。好きなのか、そうでないのか。出てくるたびに態度が変わるし、絶縁宣言したかと思えばカラオケに行ったりする。
それが二年次の文化祭で、ようやく腑に落ちた気がします。今回はその読み解きを書き留めておきます。
リリカちゃんという謎の存在
まず、リリカちゃんという人物についておさらいしておきます。
- 第1話から遠巻きの姿で登場している、容姿端麗でスタイル抜群の女の子
- ファッション雑誌の読者モデルをしているらしい
- 正体は、志摩君の子役時代の共演者
- 当時の主演はリリカともう一人の男の子・クリスくん。志摩君は脇役だったものの、長いセリフをそつなくこなし、演技力は高く評価されていた
第1話登場以降しばらく姿を消し、3巻あたりで突然志摩君の高校に押しかけてきます。志摩君はリリカちゃんに頭が上がらないようで、彼女の気まぐれに付き合って学校を出ていってしまう。愛読していたファッション雑誌で表紙を飾るリリカちゃんをよく知るミカちゃんが、学校帰り目の前にいきなり本人が現れて呆然とする──というあのシーンも印象的でした。
振れ幅の大きすぎる感情表現
リリカちゃんの行動を時系列で並べてみると、振れ幅の大きさに改めて驚きます。
- 1年次の文化祭公演後、志摩君が「高校でやりたいことを見つけた」とリリカちゃんに許しを乞うた場面では、「二度と顔みせないで」と絶縁宣言
- ……かと思いきや、その後カラオケで一緒に歌っている
- 志摩君に彼女ができてすぐ別れた話を聞いて「ほれみたことか」と得意げな顔
- ……かと思いきや、別れた理由を聞いている最中はシュンとしていた
- 志摩君が子役時代のオーディション不通過の理由(お母さんが原因)を告白した時には、クリスくんと一緒に横に寄り添って支えた
- 2年次の文化祭で志摩君の好演を見たあとは、「二度とこない」とツーンとして去っていく
これを普通に読むと「志摩君のことを好きなのに認めたくないツンデレ」というフレームで処理されかねません。でも、よく考えるとそうではなさそうなんです。
だって、志摩君が彼女と別れていじけているのを聞いた時、リリカちゃん自身もシュンとしちゃうんですよ。ツンデレなら、ここは「ふん、いい気味」で押し通すか、あるいは内心ホッとして余計に強気になるところです。でもリリカちゃんは、志摩君の落ち込みに引っ張られるように自分も沈んでしまう。これは、「自分が志摩君を縛り付けているせいで、彼の新しい出会いを摘んでしまっているのではないか」という、贖罪のような感情にすら見えます。
恋愛感情で動いている人間は、ライバルが消えた場面でこういう沈み方はしません。これはもっと別の、仲間としての責任感に近い感情なのではないか。
二年次文化祭の「ツーン」でわかったこと
転機は、二年次文化祭の「二度とこない」のツーンです。
リリカちゃん自身の背景を整理してみます。
- 小学時代の飲酒疑惑で人気子役を一気に降板
- その後モデルとして活動を再開、ようやくドラマのオファーも来始めた
- 芸能界の怖さ、SNSで自分の悪口が拡散される恐怖、誰にも助けてもらえない孤独──これらを小学生のうちから経験している
- それでも自前の強気の性格で、再び芸能界に返り咲こうとしている
そんなリリカちゃんにとって、二年次の志摩君の演劇は何を意味したか。
志摩君の演技はもともとプロ級でした。そこに今回、本人の「やりたい」という気持ちが加わって、リリカちゃんから見ればもう答えは出ていたんだと思います。「志摩君は演劇に戻ってくる」と。
芸能界に戻ろうとしているリリカちゃんにとって、これほど心強いことはなかったはずです。困った時、泣きたい時に横に寄り添ってくれた本当の仲間が戻ってくる。同時に、ライバルでもある。元主演子役の意地として、脇役ながら演技を絶賛されていた志摩君には負けていられない。
あのツーンは、恋愛のツンではなく、戦友への宣戦布告だったわけです。
クリスくんの存在が物語を立体化させる
ここで効いてくるのが、もう一人の子役時代の共演者・クリスくんの存在です。
クリスくんは、スキャンダルに翻弄されるリリカちゃんや志摩君を見て、芸能界からの離脱を決意しました。今は普通のサラリーマンを目指しながら、二人のよき理解者として支え続けている立場です。
クリスくんが戦線を離脱したことで、リリカちゃんは一人で戦う覚悟をしていたはずです。そこに志摩君が「あっち側」に戻ってきそうな気配を見せた。だからあのツーンには、「一番の仲間が自分の戦場に戻ってきてくれる」という期待と、「協力ならライバル出現、これは負けてられない」が、全部混ざっていたんじゃないでしょうか。
志摩君が戻る本当の理由
では志摩君自身は、なぜ演劇(そして芸能界)に戻ることになるのか。
ここは少し慎重に読みたいところです。「母親との関係修復のため」という解釈もできそうですが、それだと志摩君というキャラクターには合いません。志摩君は、目的のために手段を選ぶような戦略的な人間ではないからです。
むしろ逆で、志摩君のベースは「自分が何をしたいのかわからない」ことに長年ぼんやり苦しんでいた、という地点にあります。
- 子役時代も、おそらく「演劇が好きでやっていた」というより、流されて気づいたらそこにいた、という状態
- だから降板してもそれほど深く傷つかなかった
- 高校でも飄々と過ごせていたのは、やりたいことがないから何をやめても何を始めても表面上は揺らがなかっただけ
それが二年次の演劇でようやく、「あ、自分はこれが好きだったんだ」と気づいた。これが志摩君の戻る理由の核だと思います。
二年次の演劇をお母さんに見てもらって、五年ぶりのお母さんの笑顔を見た──あのシーンは、志摩君の「自覚」の結果として後からついてきたボーナスであって、動機ではない。志摩君はポーカーフェースで何でもない顔をしていましたが、相当うれしかったはずです。
リリカちゃんは志摩君より先に気づいていた
この読みを採用すると、リリカちゃんのツーンの精度がさらに上がります。
リリカちゃんは、志摩君本人より先に「志摩君は演劇が好きだ」と気づいていたわけです。共演者として子役時代の志摩君の演技を一番近くで見ていたからこそ、「この人は本当はこっち側の人間だ」というのが見えていた。
本人がやっと気づいたタイミングで、リリカちゃんは「ようやくか」と思ったのかもしれません。だからこそ、あのツーンの裏には、ちょっとした「先輩面」みたいな余裕もあったのではないでしょうか。
おわりに
『スキップとローファー』の高松美咲先生は、人物の感情を表面の行動からは読み取れない多層的な構造で描く作家だと思います。リリカちゃんもまさにその真骨頂で、行動だけを追っていると「この子なに考えてるかわからない」になりますが、背景の文脈を一つずつ拾っていくと、全部の言動に筋が通ってくる。
二年次文化祭でようやくその筋が見えた時、僕は静かに膝を打ちました。これからの展開でリリカちゃん、志摩君、そしてクリスくんの三人がどう描かれていくのか、引き続き楽しみにしたいと思います。